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自分を忘れてみる
最近、祖母が今年1月に亡くなる前の不思議な話を
いくつか耳にしました。


私自身も振り返ってみると、不思議に思うことが
一つありました。





90歳で亡くなった祖母は盲人でした。
特に最後の十年は光さえもまったく感じない完全な
盲人になりました。


気丈な人だったので悲壮感などまったくない様子でしたが
さすがにまったく光を感じなくなってからずいぶん弱って
しまったというか、弱気な発言が目立つようになっていました。


確かに、目を閉じてみてその真っ暗な状態で、毎日を
過ごしていたのかと思うと、つらい気持ちになります。



そんな祖母が亡くなる三週間ほど前に、例年のように
私は正月の挨拶に行きました。(私は外孫なので)


祖母はいつも正面だけ見ながら、おとなしく話していたの
ですが、このときは、突然私に「今何歳になったんかな?」
と私の顔が見えているかのように、こっちを向いて聞いて
きました。
そのことがすごく印象に残っています。


その数日後、私の母親(祖母の娘)が、昨年末に結婚した私の
妹の結婚式の話を聞かせてあげようと祖母を訪ねたときにも
同じようなことがあったそうです。


母親は結婚式の写真を自分が見ながら説明するために
持っていきました。
祖母はいつもなら、どうせ見えないので見ようとも
しないはずが、その日に限って、「写真を見せてほしい」
と強く言ったそうです。


見えないのにそんなことを言ってもしかたないよ、
という周りの声も関係なく、手にとって写真を見ながら
こう言ったそうです。



「見える」



見えていたんですね。
心眼で。



兄弟のほとんどを戦争で失い、みかん箱のような家から
必死で今の暮らしを作った祖母。


人生のほとんどが視界のない世界ですごしながらも
一生懸命、子と孫が困ったときは必ず救いの手を差し伸べ、
ひたすら祈り続けることに費やした人生。


仏はそんな祖母の目に最後に光を与えてくれたんだと思いました。
私の顔も妹の結婚式の様子もすべて見えていたんでしょう。



このことを考えていたとき、周りに目が向けられていず、
自分のことばかりにとらわれている自分に気づきました。


人に与えることを幸せと思える人が、幸せを感じる
ことができるということを聞いたことがあります。


祖母のように人のために生きることはなかなかできる
ことではないと思います。


でも、少し自分を離れ、自分を忘れてみる。


そうすると、自分を無条件で心配してくれている人は誰か、
いつも自分のことを考えていてくれていたのは誰か、
気づかなかった大切な存在が見えてくるのかもしれません。

【2007/02/24 02:42】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2)
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コメント
いいお話をありがとうございました。

「心眼」

初めて耳にした訳ではないけれど、新鮮な言葉・・・。

外に惑わされない、強い自分がないのは、これが培われていないからだ。

・・・そう思いました。

1人の「人」として、些細な事を大事に受け止める心・・忘れたくないです。

素敵なあばあさまに感謝・・・致します。
【2007/02/24 21:03】 URL | ゆぅか #-[ 編集]
ゆぅかさんへ
ありがとうございます。
祖母が亡くなって、いろいろ考えさせられ、
気づきがあったように思います。
些細な大切なことも忘れないように、
心の目でいつも見ていたいですね。
【2007/02/24 23:32】 URL | 結婚離婚に癒しの香りfromはんなり京都@京司 #iqGKCwmE[ 編集]
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